ぼちぼちでええやん。

人の動きについて根っこから理解したいと思ってます。シンプルラーニング提唱者、キネステティク理事、YOUTUBE「楽な動きの学習会」ブログは癖が強い記事が多めです。

何のために人は学ぶのか?答え:チートをするため

「学ぶ」といえば

多くの人はとってもハードルが高いような感じがするかもしれない

 

学ぶって、なんか高尚で難しく

 

私にはとても無理だ

キャラではない

と思っているかもしれない

 

しかし

そこは

声を大にしていいたいのです

 

学ぶことは

難しことをすることでもないし

難しい理論を述べることでもない

 

学ぶっていうのは

そんな大げさなものでなく

自分が今より楽に生きるために

学ぶのだ

 

言いかえると

楽をするために学ぶのだ

 

そう考えると

学ぶってことが身近に感じられないかな?

 

どーせ

100年もすれば

みんな灰になるのだから

 

賢くても

そうじゃなくても

 

いくら難しいことを学んでも

やっぱり最後は全て灰になるのだから

 

今よりも

楽しく生きるために

ただ、今よりも楽をするために

 

それだけのために

自分のためだけに

学べばいいのだ

 

難しいことも

何かを成し遂げようとしなくても

学んでいいのだ

 

そんなに構えて

学ぼうとしなくても

 

楽をしたいから

楽に仕事ができるように学べいいし

 

みんな喜んでくれたら嬉しいから

仕事のスキルを上げればいい

 

手を抜いて人より効果がでるために

学んでもいい

 

もっとたくさん遊びたいために

学んでもいい

 

学ぶって事は

みんなすごいことだと思ってるけども

簡単に言えば人生楽にするための

チートだ

 

※チートとは単純に訳せばズルをするという意味ですが、ゲームにおいては既存のルールではなく、何らかの不正により、例えば使ってるキャラの能力をありえないぐらい上げてしまったり、考えられないぐらい優位に立つことを指します。

 

手を抜いても

みんなが喜んで

楽しく生きていける

そんな人生を叶えるなら

 

チートするしかない。

つまり学ぶことだ。

 

逆に自分を楽にするために学ばなければ

いつまでも一生懸命して

効果も少ししかでなくて

何かにしがみついで生きていく

 

この差は学ぶか学ばないかの

違いによって起こる

 

みなさんも

チートするために学んでいいのです

 

楽にするために学んでいる人とは

ズルいぐらいの差が出ます。

学んでいる人には努力では敵わないのです。

 

あんだけ苦労してたことが

学ぶことで

嘘見たいに楽にできてしまったり

 

自分にはできないということが

気づいたうちに

それ以上のことができしまったり

 

もちろん、多くの人たちに

最小限の努力なのに

役にも立つ 

 

疲れないから

他にも色んなことに

興味を持ったり、挑戦できたりする

 

そんなチートの世界を体験してみたくないだろうか?

 

だったら

学ぶことをオススメします。

 

どうせ努力するなら

目の前のことを、一生懸命やり続けるのもいいかもしれないけど

 

学ぶことに努力しませんか?

適切な学ぶための努力は

時間を経て楽として返ってきます。

 

余ったエネルギーは

ほかの自分の人生を豊かに生きるために

使えるようになるでしょう。

それで遊ぶのもよし

さらに仕事に没頭して、今まで考えられてなかった成果を出すのもよし

 

どうしようが自由ですが

今よりも自分らしく生きることができるでしょう。

 

逆にいうといつまで続けてても

自分が楽にならない学びは

学びではないのです。

 

チートは現実においてズルではないのです。

人生のゲームをイージーにするために

誰もが手に入れられるチャンスがあるのです。

 

そう、学ぶことによって。