ぼちぼちでええやん。

人の動きについて根っこから理解したいと思ってます。シンプルラーニング提唱者、キネステティク理事、YOUTUBE「楽な動きの学習会」ブログは癖が強い記事が多めです。

あなたの右手はなぜ存在しているのか?

今日はちょいマニアックに書いてみますねー

ようわからんと思ったら放置でお願いしますー

 

当然のように存在している『右手』

 

あなたはいつから、右手が存在しているようになりましたか?

 

 

いやいや、そんなの生まれたころから存在してるよ!!

 

って言うかもしれません。

 

当然の答えです。

 

事実

 

生まれた時に右手なんらかの問題がない限り、普通に付いてます。

 

しかし

生まれた赤ん坊には右手など存在してないのです。

 

おかしなことを言うと思うかもしれません。

生まれたての赤ん坊でも、右手が付いてるのは百くも承知です。

 

質問を変えましょう。

 

あなたの右手が存在していると、いつから実感しましたか?

 

いつから右手があると当たり前のように感じてましたか??

 

 

わたしたちは、実感できないものを

存在していると認識することはできません。

 

手がたとえ物理的に存在していようと

認識ができないものは、『ない』ことになるのです。

 

いくら物理的にあっても、『ある』ことに気づきません。

 

実は赤ん坊の頃は

自分の手の存在に気づいていません。

 

生まれたての赤ん坊は

自分がどんな形で、どように存在しているか

とても曖昧なのです。

 

大人が赤ん坊をみると

小さな手足や、胴体があって、可愛い顔もついてる明確な存在に見えるでしょう。

 

しかし、当のところ

赤ん坊本人は、自分がそのように存在してるなんてまったく認識できてないのです。

 

この認識は、言葉や大人が思い描くイメージという高度な知的活動ではなく

ちゃんと、右手が存在してるーーーー!!!!

という実感と、その明確なフィーリングのことです。

 

わたしは、このような

フィーリングがあるから、はじめて

自分の世界に『右手』を招きいれるのです。

 

頭で知ってるだけではダメです。

このフォーリングこそとっても大切です。

 

実際手があるのに、存在しない

とか、なんか不思議ですね?

へんなことを言ってると思うかもしれません。

 

しかし、私は

動けない人をたくさん見てきました。

動きがぎこちない人も

麻痺の人も。

 

この人たちは

赤ん坊と同じような現象が起きているのです。

一見他人からみると、明確に存在しているものが

本人において、それはとても不明確で曖昧なのです。

 

 

例を何個かあげてみましょう。

 

例えば座っていて、前にかがむことを怖いおばあちゃん。

 

僕らは足が床についているから、それが支えてくれるので、前にかがんでも怖くないのです。

 

足が床についてる実感がないと

足が床についていても、やはり怖いのです。

 

足があると最近実感すると

途端に前にかがめるようになります。

 

嘘だーー、というのならば

今椅子に座ってる人は足を浮かして前かがみになってみてください。

すげぇー怖いでしょ?

 

 

足の筋肉が麻痺で弛緩した人がいました。

筋肉は存在してるのに、収縮できないのです。

その筋肉の存在を実感させてあげたとき

数年ぶりに筋肉が収縮しました。

 

もう身体が弱ってて

歩いても、もたついてこけそうな人がいました。

身体が明確に色んなパーツで存在してると実感すると、無駄な力が抜け、家の中で歩け介助をもとめなくてもできました。

その人は亡くなる3日前まで歩いてました。

奥さんも介助できる身体ではなかったので、自分で歩けたから在宅で過ごせました。

 

 

いかがでしょうか?

これらは今思い出した、実際にあった一例です。

 

私たちは当然のように

自分が存在していると思うものは

相手も存在していると思うのです。

 

しかし実はそうではありません。

個人個人で

存在を気づかないものは

その人の世界には『ない』のです。

 

 

物理的に存在してるだけではダメなのです。

言葉で言い聞かせてもダメです。

私たちの神経系が、脳みそが

『ある』と実感を得ないと

存在はしないのです。

 

私たちは、歯車のような

機械的なつながりをしていません。

そんなメカニカルなのものではありません。

 

私たちは、身体を

脳みそがコントロールしているのです。

巧みに筋肉を動かし、骨や内臓など効率的に調整しています。

 

存在しないものは

コントロールできません。

 

もし相手に動けるように支援したいのなら

相手の世界の中で『ある』を再構築していくのです。

 

どうやるかって?

長くなるのでそれはまた。

 

ヒントはやっぱり『比較』なのです。

 

私たちは

比較することで情報に違いを作り

自分の世界を形成するのです。

 

そこは脳みその中で実在している世界ですが

脳みそはその情報に基づいて身体を動かすのです。

 

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