ぼちぼちでええやん。

人の動きについて根っこから理解したいと思ってます。シンプルラーニング提唱者、キネステティク理事、YOUTUBE「楽な動きの学習会」ブログは癖が強い記事が多めです。

ロボット介助では人は元気にならない。福祉用具を選ぶ基準

今回は介助に関する話です。

 

科学技術は日進月歩で進んでいます。

 

介護業界も同じです。

色んな技術やテクノロジー開発され、使用されるようになっています。

 

福祉用具も、毎年新しい製品がたくさんでます。使えるもの、使えないもの色々あります。実感として思いつきで、作られてる商品の実に多いこと。もちろん、使えるもの、必要なものも、たくさんありますが。

 

特に介助っていうのは、動かない人を違うところへ運ぶ重労働のイメージがありますので、そこをロボットや機械で補おうと、色んな製品が出ています。

 

介助者の筋力を補う、スーツみたいに着るもの。

 

単純にリフトなどて、持ち上げるもの。

www.moritoh.co.jp

 

これらを使うと、介助する人の腰は痛めようがないので、腰痛者にはとても助かる道具です。

 

色んな施設で、導入したり、補助金が出たりしていますが、果たしてそこまで本当によいものなのでしょうか?

 

リフトが一般的に多くの施設に導入されてますので、これを例に考えてみます。他の福祉用具でも当てはまると思いますので、また時間があれば他の道具も考えて見てもらえればと思います。

 

よく、リフトのメリットを訴える時に、動けない人を介助したら、無理やり動かしてしまって、利用者も介助を受けてる人も大変しんどいので、リフトを使いましょう。というものです。

 

実際よく介助事故とかで、無理に掴むから皮膚を痛めたり、介助者も腰を痛めたりするのも事実です。

 

もちろん、そんな場合はリフトを使用することにメリットはとっても大きいでしょう。リフトを使うことで、介助者も援助者も、事故なく移動が可能になります。素晴らしい技術ですね。

 

そう考えると、今度は、全ての人にリフトを使用しなければいけない、など言う人も現れてきます。

 

リフトは役に立つものですが、どう考えればいいでしょう?リフトはそこまで万能なのでしょうか?

 

残念ながら、便利なのものではありますが、万能ではありません。リフトでの介助はあくまでも、無理やり動かす事しかできない介助者の能力を補うものです。

 

下手な介助をされるより、リフトを使う事方がいいのは、間違いありません。

ただし、それ以上でも、それ以下でもないのです。

 

リフトのデメリットはなんでしょうか?リフトを使う事によって、実現できない事があります。それはなんでしょう。

 

それは、動きを学習する事ができない。という事です。リフトで介助されれば、一般的に釣り上げられ、運ばれてます。当然ですが人間はそんな動きしません。いつまでたっても自分で動く事を学べないのです。機会を使うと外部の力を使うので、動きとしてどうしても不自然になります。

 

 

学べないだけなら、いいのですが、リフトを使うとゴソゴソしたら、危ないので、じっとしてる事を要求されます。物理的に釣り上げられた状態で動くことは難しいです。

 

逆に上手い人の介助は、その人の身体や反応をうまく捉え、本来その人が動けるような動き手伝います。その人の能力を、介助するたびに引き出すのです。

 

これはかなり大きい差です。リフトだと、使われる人に肉の塊になるように求め、上手な介助だと動くことを尊重されます。こうなるとどちらが元気になるか明確でしょう。

 

このような上手な介助も、援助者のスキルです。しかし道具ばかりだといつまでも熟練できませんから、援助者も相手の動きを理解したりとらえる能力は減少するでしょう。

 

道具は確かに便利です。ただし道具に溺れない事です。そのために、道具を導入する時に基準を明確にしましょう。

 

今までの流れをまとめると

下手なの介助<リフト<上手な介助

という関係が成り立ちます。

 

 

つまり道具を導入する基準とは 

介助が下手かどうか?

これだけなのです。

 

よくこの人にはどんな福祉用具が適応か?といわれたりしますが、基本的に援助者が使う福祉用具は本人ではなく援助者の能力によって、決めて行くのが妥当です。

 

介助の教育がちゃんと行われて、上手な介助する事が、援助される人には1番メリットは大きいです。

 

介助が下手な場合は、道具に頼ることで、今してることよりはマシなレベルになります。

 

よく道具を使わないとすばらしいケアとは言えなない。という人は、利用者の顔は見てません。道具ばかり見てます。いいケアかどうかは受けてる本人が決めるのです。何かを使うからいいケアになるわけではありません。

 

セミナーでも、下手な介助と、リフトを見せて、リフトを使うと機能回復するなどうたってる人もいますが、それは全く的外れです。下手というマイナスがゼロになっただけです。機能回復ではなく、機能低下していたものか、元に戻ろうとしただけです。

 

僕も動きのプロなので、こういった事を道具を素晴らしさを訴えるために、故意に情報を伝え方を曲げる人もいます。そんなセミナーに参加すると憤りを感じます。純粋にリフトの情報を伝えればいいのに、裏にあるもの何かを感じることも多いです。ですが、それはプロでないと見分けるのは難しいかも知れません。

 

道具のことを批判しているわけでは全くありません。道具は必要は場合もあるし、ないと困ることもたくさんあります。老々介護などで、上手な介助ができない場合もあります。その時は積極的に使えるなら使った方がよいですし、僕も進めます。道具を批判する事で、選択肢を狭める必要は全くありません。

 

しかし、施設職員や病院職員というプロの人が安易に道具に頼る事はあまり好きではありません。もちろん、かなり下手なら導入する価値はあるし、それもいいでしょう。けどプロなら人を元気にする介助ができてもいいと思います。先ほどと同様に道具を信仰することで、他の選択肢を狭める必要もありません。

 

道具に良いも、悪いもありません。使う次第です。使う人の教育抜きして、道具を語らないほうがよいと思います。

 

道具には高額なものも多く、業者などの利権も絡みがちです。パンフレット見ても、単なる事例報告のようで、巧みに自分の製品の良さに繋げてるものなどもたくさんあり、愕然とします。そういった事情を読み取ることも大切です。

 

もちろん、よい業者もあります。そのあたりを見分ける必要もあるでしょう。

 

他にも海外でリフトなどが使われてるから日本でと最先端を実践しようとして導入を促してる場合もありますね。遠くのスウェーデンを眺めて、目の前の利用者の顔を見なくなる場合もあまります。

 

 

色書きましたがまとめると

 

リフトなどの機械を使ってるから素晴らしいケアをしてるわけではありません。

むしろ下手だから使ってるという自覚か必要です。リフトばかり使うということは、技術が未熟なのです。道具を使って満足するのではなく、仕方がなく道具を使っている自覚が必要です。

 

未熟が全て悪いわけではありません。下手だからダメと否定してるわけでもありません。どうしてもできない事もあるでしょう。

 

大切なのは

「自分がどこまでできるか知ってること」です。自分の可能性と能力に合わせて選べばいいのです。

 

自分は下手だからという自覚を持って使うのは問題ありません。よっぽど無理して介助するより、またリフトを盲目的に信じて使うより賢いことです。老々介護や、援助者の身体がうまく動かない場合道具はとても役に立つと思います。

 

しかし上手になるためには教育をする必要があります。教育にはコストと経験が必要です。無理なく積み上げいく必要があるでしょう。教育は時間がかかりますが、利用者や職員共に自分の身体と向き合い、人と向き合うことを覚えるでしょう。それがプロだと思います。

 

本物のプロ集団に必要なのは、リフトの充実ではありません。本物にのるために必要なのは教育なのです。

 

またリフトも教育もコストはかかります。経営者はどのように配分するか考える必要もあるでしょう。

 

最後に

近未来のロボットばかりで全て行われてる未来を少し想像して見ましょう。

 

僕らはベッドに寝ています。

そこはとても綺麗な空気が清浄された隔離されて部屋で、とても清潔です。時間が来れば天井からご飯が運ばれ、そして回収される。常にモニタで自動管理されてるのて、人はあまり来なくてもいい。

ベッド上で排泄しても、全て綺麗に自動でしてくれる。体も寝ていればリフトで釣り上げて、ベルトコンベアに移して、車の洗車機みたいなものに通される。最新のもので苦痛などはない。全ては基準に基づき適切に管理され安全である。

 

これは植物か何がですか?

 

ロボットが活躍するという事は人の関わりが減るという事を意味してます。

単純に相手に触れる機会が減ります。

 

実はもう一つ、大切な道具を選ぶ基準があります。

その道具を使うことで、

 

使うことで、その人が元気になるかどうか?

 

です。

 

そのためには、その人を見ることです。その人に触れ感じる事です。スウェーデンを見るのではなく、道具の性能ばかりを見るのではなく、まず、その人を見て、そして使う自分を知ることです。

 

そして一つのやり方にこだわるのではなく、他に良い方法があるか試行錯誤していくことです。

 

道具を使うには、逆に人としっかり向き合うからこそ、効果的に使える事ができます。

教育を抜きにして、道具だけを使えるというのは難しいでしょう。道具だけの世界は無機質の世界を作ります。

 

たまに乗り移りの介助が無理な感じになっても、その人がどうやったら、楽になるか利用者や患者と一緒に考える。

 

大怪我はダメだけど、小さな失敗の中でゴメンと謝る。そして次工夫したり。少しずつ試行錯誤して、本人と良いものを作る。

 

機械ばかりを使えば正確で失敗もないでしょう。だけどそれはおもしろい豊かさな世界なるのですか?

 

僕はそんな人間くささも、人が元気になるのに必要だと思うのです。

正しさだけでは人は元気にならんと思うのです。

 

曖昧さ、適当、たまに腹が立ったり、思いもよらないことで笑ったり、時に体調が優れない援助者の事を逆に心配したり。

 

そんな事があるから、僕らの人生は豊かになるのではないでしょうか。

 

 

※患者や利用者の機能を高める介助はこちらから学べます。JMAキネステティク

www.j-ugoki.com

 

 機械を使って運搬中〜

f:id:susumu8:20180219123423j:plain